煌く剣の名の下に

 セントゥル学園、ここは世界共通にして中立の立場を貫く全寮制の名門校である。今年で創立167年を数え、今や各国のエリートと呼ばれる人材はおおむねこの学園の出身者で占められているという。
 今年は例年に比べ、編入を許されたのはわずかに5名。その狭き門を突破したものの中に、その少年はいた。
 3年の進級式と共にたった5人の編入式が行われた。
「編入を許された者、前へ」
 進み出たのは黒髪、黒曜石の瞳をした人形のように愛らしい少女。
「ベル=キャンティ、全校一の魔力を有した少女よ。その能力を鑑みて、ここにエンブレムの所持を許す」
 学長の言葉にざわめく会場。編入式でいきなりエンブレムの所持者に選ばれるというのは初めての事だった。
「学長…よろしいのでしょうか?」
「彼女より適任な者が他にいるかね?」
 その言葉は重かった。
「残りの4名、ウィスラー=ハーティリー、エセル=ローエングラム、セヴィオラ=バルト、ユファ=リーネ、以上の者達全てに祝福のあらん事を。おめでとう、今日からセントゥル学園の一員だ」
 続いて、エンブレムの授与が行われる。エンブレムを贈られた生徒は学園内で特別な優遇を受けられる。そして、その所持者は生徒達の憧れの存在なのだ。
「エンブレム授与、《スペード》A、ヒュークリッド=レイサム」
「はい…」
 壇上に上がったのは銀髪の美青年。物語に出てくる騎士のような彼は優雅な所作で礼をすると壇上に上がった。
「《スペード》K、トレヴィ=スィンフォード」
「はい」
「《スペード》Q、リィエン=レーヴ」
「はい」
「《スペード》J、デュカ=ハービット」
「はい」
 最後の一人が呼ばれ、壇上に《スペード》のエンブレムが揃う。
「ここにエンブレムを授与する、以上4名、唱和を!」
 4名は各々剣を抜き、剣先を合わせる様にして掲げる…が、ヒュークリッドはその剣を下ろし、鞘に収めてしまう。
「ヒュー?どうしたん?」
 リィエンが不思議そうに覗く。
「申し訳ありません。私はAのエンブレムを辞退する」
「どう言う事だ?理由を説明しろ」
 トレヴィが説明を求める。
「失礼…」
 ヒュークリッドは壇上を下りるとそのまま式を終えたばかりの編入生の元へと歩みを進めた。
「ヒュー…」
 小柄な褐色の肌をした少年の前で立ち止まる。彼の瞳は輝く黄金。
「私はこの剣を捧げた我が主、エセル様にこそ、Aのエンブレムは相応しいと考えた。故に、私はAを下りる」
「ヒュー!」
 叱責するようにエセルが名を呼ぶ。
「貴方の上に立つ事は、名目上でもお受けできません」
 ヒュークリッドの意志は揺るがない。
「ヒュークリッド!さっそくだが、カードを切るぞ」
 提案したのは蒼い髪の青年。
「エンブレムの授与の途中ですよ!この場でどうやってカードを切ると言うのです」
 反論したのは先ほど《スペード》Jのエンブレムの所持を許されたばかりの少年。
「俺とルーエは決まりだろ?それからシャーヤも」
「それだけいれば十分ですよね?」
「…仕方がありません。貴方の好きにして、シオン」
 シオンと呼ばれる蒼い髪の青年がヒュークリッドとエセルの所にやってきた。
「…ふぅん。黄金の瞳、ねぇ。ウワサの聖剣、是非とも披露して欲しいな。ヒューをひれ伏させるだけのものがあるのか、見極める必要がある」
「シオン、貴様…」
 シオンは素早く抜き取ったヒュークリッドの剣を構える。
「…本気で相手をしろと?」
「ちなみに、俺の実力は《スペード》ならヒューの次だぜ」
 シオンが剣を走らせ、エセルが剣の鞘で受けた。
「さぁ、見せてみろ!」
 エセルが剣を抜いた瞬間、誰もがその輝きに目を眩ませた。気付くとシオンの手から剣が弾かれていた。
「さすが、光の聖剣・ソルフェイド。見事な切れ味ですこと」
 シャーヤが感嘆の声を洩らす。
 にやりと笑うシオンの結い上げられていた髪の飾り紐が切れて、髪が解けて流れ落ちた。
「俺は認めるぜ!」
 シオンがカードを掲げる。
「僕も認めましょう。素晴らしいものを拝見できて光栄です」
「私も認めます。エセル殿、シオンの無礼な振る舞いをお許し下さい」
「ウチも認めんで」
 カードが4つ、掲げられた。
「過半数だな。決まりだ。良いよな、学長?」
 シオンが採決を下す。
「私も相違ない意見だ。だが、1つ質問がある。君は何故、聖剣の主でありながらその剣を振るわず、練習用の剣で試験を受けたのだ?」
「私は聖剣に選ばれた。だからといって自らがその使い手として相応しいかといえば、今はそうでないと答えるしかない。その高みまで自らを昇らせるには聖剣の力ではなく、自身の力のみで昇るべきだと思った。それが私の課題であり、この学園で為すべき事だと思っている」
 エセルはきっぱりと自分の考えを述べた。学長はマスクで表情は読めないが、確かに笑っていた。それはエセルの発言を好ましいと捉えた証拠だった。
「では改めてエンブレムの授与を行おう。エセル=ローエングラムをAに、ヒュークリッド=レイサムをKとする」
 その言葉に固まったのは、先程Kのエンブレムを授与されたばかりのトレヴィだった。
「そんな…」
 カードを切って決定し、学長の承認まで得ては覆らない。ようやく得たエンブレムを一瞬にして奪われたトレヴィは、大きなショックを受けた。
「では、授与式の仕切り直しと行こう。エセル、ヒュークリッド両名は壇上へ、トレヴィは下がるように」
 トレヴィはしぶしぶ壇上を下りた。
「私のKとしての特典はカードの議決権以外は君に譲ろう、トレヴィ。恥をかかせてしまって済まない」
 すれ違う時にヒュークリッドはトレヴィにそう持ちかけた。普通なら、これを受け入れれば更なる恥の上塗りとなる。だが、トレヴィはプライドよりも己の利を取る志の低い男だった。ヒュークリッドはそれを見越して敢えてそう提案したのだった。
「ここにエンブレムを授与する。以上4名、唱和を!」
「唱和…?」
 首を傾げるエセルの代わりにヒュークリッドが代表して宣誓をする。

「「力とは、守るべきものありてこその強さと知れ!」」

「煌く剣の名の下に、我ら未来を切り拓かん!」

 ――その言葉は、遠くない未来を予測したものだったのか。世界は生まれ変わるのを待っている。世界王がこの世を去って、もうすぐ千年の時が過ぎゆこうとしている。

BY氷高颯矢


《スペード》のAとKの話を書きました。
でも、やっぱりシオンが出張ってくる…。
エセルの持つ聖剣・ソルフェイドは振るうと
1:聖なる光を放つ、
2:相手に目眩ましを強制的に掛けられる、
3:暗示などの解除、
4:正体を見破る、
…等の付属効果があります。
ちなみに、ヒュークリッドは自分に割り当てられたK用の寮の部屋を譲ってしまっていますが、彼はどっちにしろその部屋じゃなくてエセルと同居する気マンマンですから☆
主の身の回りの世話は自分の使命だと思ってますからね、彼。